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人生の出口戦略

納得できる生き方を模索する思考回路

物欲について

欲しい物は尽きない。私は特に他の人に比べて物欲が強い方だと思う。

趣味のもの、服、雑貨・・・その他諸々

世の中では断捨離だとか、ノームコア?だとかひたすらシンプルに生きるっていうのが流行らしい。

基本的に自分の時間をひたすら重視する私にとって、平日はいかにモチベーションを維持するかっていうところがキモだと「今は」考えている。仕事があるからね。

仕事が嫌いという訳ではないが、やはり給与の為に働いているっていうのは事実。

 

とすると、現状の納得いく人生とは、=いかに自分の時間を確保できるかにかかってる気がしなくもない。

 

物欲を満たす一つの基準は、「退屈(かもしれない)な日々をストレス無く消化できるか」だと思う。

 

例えば時計、靴、キーホルダー、イヤホン、音楽、なんでもいいけど

自分の好きな物、気に入ったもの、欲しかったものを身につけていれば、自己満足効果でストレスが軽減されるんじゃないか?っていう考え。

結果として、時計とかもそれなりの物を身に着けたがることになるわけで・・・

高級時計は自己満足、時間はスマホ見れば事足りる、考え方が古くさいっていう人々

=①実用主義派、コスパ重視派、見栄不要派

社会人として時計は必要、ステータス、出来る大人の証

=②社会派、見栄も必要派、自己満足派(言い方が微妙だけど)

に分かれるとよく言われてるけど

個人的に①も②も良くわかるけど、しっくりこない。

 

私は自己満足的な部分も有って時計を着けてるけど、じゃあそれが社会人として正しく有る為につけているのかっていうとそうでもない。

②的な考え方の人からすると、時計は身分相応の物を着けるべしっていうしきたり?を持ってる人もいるみたいだが、そこから考えると、私は②派的な考え方を持ちつつも、身分相応な物を着けるっていうルールは守っていないということになる。(身分相応の基準は感性の問題的なものでもあるので微妙だが)

実用主義なら時計は100均で揃う時代だし、時計を着けなくてもいい職場ならそれこそスマホでいいと思う。

 

話は戻るけど、断捨離とかノームコアみたいな、物欲を断って良く生きようっていう考え方はどういう仕組みで人生をプラスに持っていくんだろうか。

物欲を余計な雑念だと考えるなら、それを想発させるものを減らしていくことで余計なしがらみから解放されるということなのか

それってつまり煩悩から解き放たれるとか、解脱とかそういったものに突き詰めるとなってしまう気がするけど、それって良く生きるってことなんだろうか・・・・

全ての人が悟ってしまった世の中ってどうなんだろ。

 

3つ目の記事を書いてわかってきたけど、このブログ、結論付けようとしたり、論理的に書こうとすると負担がでかすぎる・・・

この記事の後半はすでにそうなってしまったけど

自分の考えを書き残す、メモする、とりとめも無い考えの経緯を記録するっていう使い方になりそう。

果たしてそれはブログなのか・・・