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人生の出口戦略

納得できる生き方を模索する思考回路

自身の身を守る為に書く・2

・残業目標の設定について

・発言について

・目標設定の私以外の設定について

・前期評価の引き下げについて

・その他、前期に行っていた発言等について

 

編集中

自分の身を守る為に書く

 

4月26日

・契約獲得 利益約40万に対して、定時から見た残業時間45分(休憩加味せず)

・店管理の為、自身以外の職員が残業を強いられたとしても利益は確保されている

●発言

1・「お前はわざと残業している。なんでこんなことになった。店の大悪人はお前とM氏とI氏だ、後U氏もだ。」

2・「担当を変える、あんな客は適当に言っておけばこちらの言う通りに契約する。そんなものは仕事をしているとは言わない。」

3・「こちらの言いなりになる客は、○○と××と、あいつの担当してる△△だ。そう言う担当で結果を出しても意味はない。」

4・「こんな契約で出た利益は無しだ。お前のノルマももっと増やす。残業するならそれくらい稼げ。」

5・「あいつ(別の職員)はあれだけ稼いだ。お前もやれ。」

●状況について

・契約の時間は顧客主導、都合で決まったものである。

・契約に際し、ゆっくりと説明は行ったが無駄な時間はなかった。

・通常の契約の倍の契約を行っており、そもそも時間はかかる。顧客事情も鑑み、丁寧な説明は必須である(規定により)

・5の発言に出てくる職員の実績には上司の言う言いなりになる客からの実績も多分に含まれている。

・5の職員は契約の事後処理、事務等による残業を行っても叱責はなかった。

●心情面について

・利益を上げたにもかかわらず、労いの言葉等は一切無し。第一声は

「なんだこれは、いかん。」

・事情を聴取することはなく、一方的に上記の発言をした後、係長へも叱責。

・声を荒らげ、机をたたく等の威嚇行為を行う。

・別係の係長へも「お前もそう思うよな?」等の同意を促し、半ば強制的に

「そう思います、そうですね。」等の発言をさせる。(当然その係長は今回の事情を一切知らない)

・確かに残業とはなったが、45分という時間は決して長くはなく、他店の現状等から考えても異常な数字ではない。(常態的に残業を行ってもいない、むしろ基本的には定時で帰っている)

 

次の寄稿では、その他の事例、発言内容、実際に行った行為等について記載する。

 

物欲について

欲しい物は尽きない。私は特に他の人に比べて物欲が強い方だと思う。

趣味のもの、服、雑貨・・・その他諸々

世の中では断捨離だとか、ノームコア?だとかひたすらシンプルに生きるっていうのが流行らしい。

基本的に自分の時間をひたすら重視する私にとって、平日はいかにモチベーションを維持するかっていうところがキモだと「今は」考えている。仕事があるからね。

仕事が嫌いという訳ではないが、やはり給与の為に働いているっていうのは事実。

 

とすると、現状の納得いく人生とは、=いかに自分の時間を確保できるかにかかってる気がしなくもない。

 

物欲を満たす一つの基準は、「退屈(かもしれない)な日々をストレス無く消化できるか」だと思う。

 

例えば時計、靴、キーホルダー、イヤホン、音楽、なんでもいいけど

自分の好きな物、気に入ったもの、欲しかったものを身につけていれば、自己満足効果でストレスが軽減されるんじゃないか?っていう考え。

結果として、時計とかもそれなりの物を身に着けたがることになるわけで・・・

高級時計は自己満足、時間はスマホ見れば事足りる、考え方が古くさいっていう人々

=①実用主義派、コスパ重視派、見栄不要派

社会人として時計は必要、ステータス、出来る大人の証

=②社会派、見栄も必要派、自己満足派(言い方が微妙だけど)

に分かれるとよく言われてるけど

個人的に①も②も良くわかるけど、しっくりこない。

 

私は自己満足的な部分も有って時計を着けてるけど、じゃあそれが社会人として正しく有る為につけているのかっていうとそうでもない。

②的な考え方の人からすると、時計は身分相応の物を着けるべしっていうしきたり?を持ってる人もいるみたいだが、そこから考えると、私は②派的な考え方を持ちつつも、身分相応な物を着けるっていうルールは守っていないということになる。(身分相応の基準は感性の問題的なものでもあるので微妙だが)

実用主義なら時計は100均で揃う時代だし、時計を着けなくてもいい職場ならそれこそスマホでいいと思う。

 

話は戻るけど、断捨離とかノームコアみたいな、物欲を断って良く生きようっていう考え方はどういう仕組みで人生をプラスに持っていくんだろうか。

物欲を余計な雑念だと考えるなら、それを想発させるものを減らしていくことで余計なしがらみから解放されるということなのか

それってつまり煩悩から解き放たれるとか、解脱とかそういったものに突き詰めるとなってしまう気がするけど、それって良く生きるってことなんだろうか・・・・

全ての人が悟ってしまった世の中ってどうなんだろ。

 

3つ目の記事を書いてわかってきたけど、このブログ、結論付けようとしたり、論理的に書こうとすると負担がでかすぎる・・・

この記事の後半はすでにそうなってしまったけど

自分の考えを書き残す、メモする、とりとめも無い考えの経緯を記録するっていう使い方になりそう。

果たしてそれはブログなのか・・・

タイトルと自分自身について

昨今のまとめサイトなんかで、自己紹介だとか、自分語りだとか、そういったことはウザがられるばかりでたいして良い印象をもたらすものではないと知りつつ書いてしまう。

言い訳っぽいけど、一応タイトルにも関係してくるところなので、数年後か、はたまた数日後か、書いたブログを読み返して自分の黒歴史に悶えるのも楽しいですよね。

 

HN:dori

年齢:この記事を書いた時は29歳

自己紹介はとりあえず以上で、趣味だとかそういうことを書き出すとキリが無いですし

 

●タイトルについて

「人生の出口戦略」

生まれてから29年、

「隕石でも落ちてきて、痛みも感じないまま一瞬で死ねたら楽だろうな。」

と考えたことは、もう何十回か、何百回か。

それでも、そんな簡単に死ねるものではないから今も生きてる訳で。

で、あればせめても納得のいく人生を送りたい。その為に考えることは嫌いではない。

考えた結果、やっぱり死ぬのがベストじゃん!ってなっても、それもアリかな。

って位の軽い信条。

 

出口が幸せな余生、多くの人に囲まれて死ぬことになるのか。

誰の記憶にも残らないままひっそりと死ぬことになるのか。

 

ちょっと変わり者な一人の記録。

 

ちょっと変わり者って自分で書くと、

「変人気取ってる、俺カッケー」っていう中二病的な感じになっちゃって嫌ですよね。

でも周りの人々と対比すると、溶け込めない自分って言うのがいて

それはある意味コミュニケーション能力の不足って話で

自分が変わってるって思ってる所も、よく考えたらただの「今風の若者の考え方。」

っていうのと酷似してて、それが変人って感じてしまうのは

・周りが皆大人な考え方をしている

のか

・周りが皆、ある意味旧世代的な考え方をしている

だけっていうところまでは考えつくし、実際そういう面が多分に有ると思う。

 

こういう人ってきっと他にも沢山いると思う。それを表に出す出さないってのはその人と、その人の環境に寄るだろうけど。

 

本当に長くダラダラと書いたけど、このブログの本当の目的は

・変人を気取ってるけど、実際はその言葉に甘えてるだけの「なんちゃって現代人」

・そんな「なんちゃって現代人」に何故か興味を持ってしまった人

そんな人々に

・「なんちゃって現代人」の生き方、考え方の一例を示してみたり

・「こいつマジで変人じゃね?」って思ってもらったりして自己満足したり

 っていうことなんじゃないかと、この記事を書きながら考えました。

 

後、願わくばそんな自分に共感してくれる人と意見交換ができれば良いな。と思ってます。

方向性を模索する。

ブログを開設してはみたものの、方向性は未定。

日々思ったこと、とりとめもない考えを書きとめつつ、誰かが共感してくれること、多様な考え方を手に入れることができることを期待して。

タイトルの通り、方向性は未定なので

・欲しいもの、やりたいことを書き連ねてみたり(幸か不幸か物欲は旺盛なので)

・人生観や、意見なんかを書いてみたり

・日々を愚痴ってみたり

多分そんなブログになるんだろうと。

気負わず趣味の一つして続けていこうと思います。